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ひまなときにその存在価値を発揮してくれる数あるツールの1つがこのブログである。
なにが言いたいかというと、これから適当なことを書きます。 哲学とは何なんですかね、面倒くさい。 わざわざ分かりもしないことを分かりにくく解説(メビウスの輪を絡ませるように)する哲学書を自分から手に取ることはないだろうと思っていた。 無論、昔は少し興味があった。 何だろう、世に言われる哲学と言うのは、人間の生活に豊かさを与え、思索という荒ぶる大海への案内係のように流布されている風な気がする。 中学生の頃、アリストテレスの本(名前は忘れたが)を読んではみたが、たった50数ページの薄い本だったにも関わらず理解には到底到らなかった。 それ以来、哲学書を読むのを敬遠している節が自分にはある。 さて、まさか、偶然にも、その種の本を借りてしまったのが今週の初めの出来事である。そもそもはUFOの本を借りたつもりだった。 ユング。 哲学の知識はおろか、一般常識さえ欠けてきている自分は名前を聞いたことがあるくらいしか語るべきものを持っていない。 さて、こいつがまた面倒な訳であるが、しかし、ポイントポイントでなかなか共感できる事を言っているのである。旧約聖書だか神話だか錬金術師だか曼荼羅だかを比喩に持ち出すのはやめてほしいが、しかし、彼の言葉をこのブログ上にて吟味してみるのもいいかと思ったりした。 ・比較宗教学において、宗教的・精神的領域と性欲や食欲や闘争心、権力欲などの領域が手を結びあうさまがしばしば見られる(中略)その時代に最も問題とされ、個人に関わる所の最も大きかった衝動が宗教的象徴表現にとっての格別豊かな源泉となることもある。(中略)心理学という学問の世界も例外ではなく、そこには精神さえ性の抑圧に還元されようとしている。 ・・・フロイトの事かっ! フロイトの考え(性欲が生きる衝動?とかなんとか)は聞いたことはあるけど、最初は、バカだな~、と思ってしまった。正直。 フロイトの本は読んでないから多分誤解だらけなんだろうけど。 ・基本的な衝動の中で最も重要な宗教的全体性願望が・・・・ ユングさん曰く。 ・(続き)比較的無意識で自然衝動のままに生きる人間には全く顧みられない。そういう人間は既知のの世界にとらわれていて、日常的でじかに感覚に訴えるもの、要するにもっともらしいものや、周りの人間も認めるものにだけしがみついている。彼のモットーは「考えるのは厄介だ。皆のいうようにすればよい」である。見るからに複雑で難解そうなものや、普段は見慣れないものが問題を突き付けてきても、それらを平凡かつ陳腐なものに還元してしまう事さえできれば、人生すこぶる安泰だし、それも思い切り簡単で、しゃれのめしたやり方で説明がつけば、なおさらである。そこで、彼にとって手頃な説明方法はいつでもどこにでも転がっている性であり権力欲なのである。 なんかね。自分の事を言われているような、他人の事をいっているような。 ・これら支配的な基礎本能へ還元してしまう事は、合理主義者や唯物論者流の考えからにも、並々ならぬ満足をひそかに与えるのが常である。還元してしまえば、知的にも道徳的にも厄介な難問がいともあっさり根こそぎ片付いてしまう。おまけに、(中略)有益な啓蒙を成し遂げた満足さえも味わえる。人類への慈善家とさえ思いたくなるだろう。 すげえdisだね。こういう批判の仕方が出来るにはあこがれる。 俺はこういう思想が、(理想的な)宗教の、世界に対する謙虚な姿勢の1つであるように思えてならない。 なんだろう。 科学者が宗教を信奉しているというと昔は強い違和感を覚えたものだが、そもそもおかしなことではなかったということだろう。 そもそもの宗教は。 しかし、実際のところ、聖書の伝説とかは到底信じ難いし、ブッダの頭の中で悪魔と天使みたいなのが戦って云々みたいな話もよく分からない。 なんか一般的に俺が知っている宗教と言うのは物凄い押しつけがましいイメージがある。 架空の(だと思われる)物語を持ち出して、道徳を語ったりなんなり。 しかし、原始宗教と呼ばれる、voodooの類と呼ぶべきか、の方が時になじみやすい気がしてならない。別になにかそういったものを知っている訳ではないが、単にふとそう思うのである。 ネイティブアメリカンの教えとか、アイヌの教えとか、なんとか。 変な慣習はおおいが、非常にフレキシブルであるように思える。 いや、もしかしたら、権威づけがなされているかどうかの違いだけかもしれない。 確固たる権威が存在する”宗教”を信じるのが嫌なだけだろう。 先祖を尊敬するレベルを超えた、神の子だとか預言者だとか、別にそんなものいなくても神は信じられるだろうに、と思ってしまう。 いや、こういう適当な事書いて大丈夫かなー。なんか高校の宗教の先生の前では絶対に言えないなこんな事。 PR |
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結局、国が保障するという事に他ならないらしい。
金融機関の債権放棄を前提に法案を可決するというのは本当に、”うわべの言葉”でしかないらしい。 電気料金の値上げと、国の国債発行。そして、結局は国の税金投入。 この賠償額を何とかする方法と言うのは、結局このようなものになるであろうこと、そしてそのような選択肢しか結局はないという事は分かっていはいたが、 この期に及んで、こういうやり口で国民から巧みに金を奪って正義面する。 つまり、この電力業界と言うのは、どう逆立ちしても日本政界における最大のロビイストの1つなのだろう。 よく指摘される、産・官・学の連携。このありがちな癒着関係は驚くまでもなく過去完了では語れないだろうが、ただ同時代にいきる自分としては、せいぜい過去形であったという楽観に似た社会への信頼感を持ち続けたいものだ。 今回の事故ですら、日本の体制を変えるには至らなかったようだ。 あ、俺も自分の生活を・・。まあおのずから変えるのはムズイけど・・ |
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カニエの”All of the light”。
かっこいいトラックが流れ、カニエがパトカーの上で謎の熱唱。そしてリアーナのギリギリ衣装。 そんなPV。 しかし、流石カニエ・ウェスト!またやらかしてたくれました。 カトシテイス。おそらく日本語ではないはずだ。いや、”かとして、椅子”なのかもしれない。 因みにアナグラムになっている可能性も考慮して並び替えてみたら、 鹿テイスト 歌詞テイスト 菓子捨てとい(て) stayとしか 糧とし居す(わる?) ・・・飽きた。 現代の多義的側面を表現した言葉であろう。 |
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大学に通うのが楽になってからというもの、特に何をやっているという訳でもない。
これはいかん。。。 激しく時間を無駄にしているような気がする。 しかし、バイトがなけりゃどうしようもならない。 金がなけりゃ何もできないのね。 関係はあまりないが、やはり貧しさというのは相対的にではあるけど人の心を貧しくするような気がする。 例えば、腹が減るとおこりやすくなるし、寒かったり暑かったりするとどうでもよくなる。 こんな事俺が言えた義理ではないのかもしれないが、今回の地震で大した略奪が起きなかったのも平均的に国民が豊かだったのがデカイと思ったりする。 あれ、こんな事書くつもりではなかったのに。 |

